ここ大阪でガッツを出して、まず大阪が元気でおろう
それが日本全体への元気にきっとつながる

これが3月11日に東日本大震災が発生して以来
いろんな事があり、いろんな事を考えた末に芽生えた気持ちです

気づけば立ち上がり「ガッツ!!from 大阪」という合言葉のもと
大阪でできる事をずっと探し続けています

被災地を訪れ復興作業もして来ました

大阪で震災復興のためのイベントを開催している
それは力になれているかと地元の人に質問すると

「すげぇ力になるっちゃ。ありがとなー」
と言っていただけました

この言葉を信じ、自分たちの思いを信じ
日常を元気に楽しみながら気持ちは復興に向いてるんや!
「ガッツ!!from大阪」はそんなアクションを続けていきます

2011年3月11日
東日本大震災発生時は師匠のラジオ番組生放送の裏方で準備中
スタジオがビルの7階という事もあり大阪でも激しい揺れに襲われ恐怖を覚えました

その後、途切れる事なく届いてくるニュース
震源地は東北
大阪であんなに大きく揺れたのに!?
東北ではいったいどうなっているのか

テレビのニュース映像も信じられないものばかり
臨時ニュースを伝え続けた生放送が終了しても被害の広がりを告げるニュースは止まらない
夜になっても海が燃え続けるニュース映像など不安は募るばかり

日本中が心を痛めた出来事に
「何かせんと」
気づけば動いていました

知り合いのフットサルコート店長に連絡
「チャリティーフットサル大会がある」との事で主催者に連絡してもらいそのチャリティー大会に参加させてもらうことに
その主催者が現在がっつり一緒に仕事をしているパスドゥーロ川元代表だった

ラジオやイベントなどエンターテインメントのプロである仕事仲間たちにも何かしたいと相談
現場に行かな始まらんとの結論に至り
まずは関東へ
千葉県新浦安市
液状化によって出た土砂をシャベルで処理する作業
そして 宮城県気仙沼へ
気仙沼湾の目の前にある気仙沼プラザホテル
高台にあるため津波からは助かった
気仙沼大島の公民館にて
島の有志たちで結成された「おばか隊」

自分の家も被災しているのに島のためにと立ち上がる
「おめえらバガだなぁ」
「んだ。バガだぁ」
との思いがこもって命名されたそうです
震災の後立ち上がった地域のための放送局
「けせんぬまさいがいエフエム」
仙台市内にある「エフエム仙台」にて活動報告
HOPE for MIYAGIのDJ名護さんと


フラッと訪れた小学校で校長先生に説明して子どもたちと運動場でサッカー
持って行ったオレンジ色のサッカーボールはプレゼントしてきました
そんな現地での活動報告のためフットサル大会を開催
エンターテインメントプロ集団が結集して超本格音響機器とそれを操るプロの技により大盛り上がり
大阪に戻りラジオ大阪やKBS京都などでも活動報告
イベントや動画サイトでのメッセージ発信を続け
1年後の2012年3月11日

なんと、サッカーファンなら誰もが愛していると言っても過言ではない
テレビの「やべっちFC」にて
あの日プレゼントして行ったオレンジ色のサッカーボールが取り上げられる
こんなにボロボロになるまで
あれからずっと使い続けてくれていたのです

それからしばらく訪れることができず
2013年5月久しぶりに宮城県へ

まずは仙台市で
当時仙台市いろは横丁にあった「サッカーショップいちごピッチ」へ
前回帰阪前にたまたま入ったお店
それで意気投合した滝沢店長と
「再びエフエム仙台」
DJ名護さんに気仙沼行ってきますのご挨拶
「けせんぬまさいがいエフエム」
この2ヶ月後から現在も続く番組「ハッシーレディオショー」がスタート
大島が誇る亀山からの美しい眺め
おばか隊の中でも特にお世話になった人の船
港町気仙沼です
「すがとよ酒店」大将と
復興小町の仮設店舗で元気に営業する
「おだづまっこ」親方と
そして夏休みには震災をきっかけに繋がった
「パスドゥーロ」による企画
「ココロとエガオのプレーエリアを拡げようプロジェクト」を開催
「いちごピッチ」の協力で被災地域である岩沼市のサッカー少年たちを大阪に招待






サッカーしたり、タコヤキ焼いたり、遊んだり
「パスドゥーロ」のサッカー少年たちと交流

動けばいつだって一人じゃない
そんな活動のような気がしています

現在も「けせんぬまさいがいエフエム~ハッシーレディオショー」は続く





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